369.プロ意識に接する
 佐野安佳里さんが東京から戻ってきて和歌山市内の某スタジオで「祈り」の曲の収録を行ったのですが、その瞬間に立ち会いました。佐野さんの「祈り」は熊野古道を歩き体験した中から浮かんできたメロディに詞をつけたものです。曲作成から詞が完成するまで約半年要したと聞きます。
 このスタジオ録音は、平成18年10月公開予定の映画「幸福のスイッチ」に併せて和歌山県のプロモーションフィルムを上映することになっていますが、その映像に併せて流れる曲に「祈り」が採用されたことから映画用に収録したものです。

 何度も繰り返されるリハーサルと本番。佐野さんも本日関わってくれたディレクターも真剣勝負です。のどが温まるまで歌い込み続けます。聴いた感じでは大丈夫だと思っても、佐野さんは納得するまで歌い演奏し続けます。
 スタジオの研ぎ澄まされた空気の静寂を歌声とピアノの音が、その空気を切り裂くような感覚があります。佐野さんからは収録の様子は見えないのですが、周囲の気は伝わります。私達が緩んでいると本人にも伝染しますから良い作品には仕上がりません。関わっている人が緊張感を持って収録に立ち会うと、良いものに仕上がりますから不思議です。場の空気は本当に大切であることが分かります。

 プロのシンガーの仕事とはこれ程の真剣勝負であることを知りました。大袈裟に言えば、佐野安佳里というシンガーがこれから全国に羽ばたこうとする瞬間に立ち会えたような気がします。この「祈り」を初めとする数曲が映画を契機としたデビュー作品となるかも知れないからです。佐野さんの曲はリズム&ブルースが基本ですから、実は「祈り」と言う曲は彼女からすると少し異端な作品に位置づけられます。ですからこの曲が佐野さんの本来のものではないのですが、佐野さんの可能性を感じさせる名曲です。

 私はこの曲から生命と躍動感を感じています。この曲のイメージは熊野古道から与えられたかも知れませんが、実は全ての人が心に抱えている神々しいものに対する祈る気持ちが表現されています。祈りの対象は自然であったり、現実であったり、未来に対してであったりと様々ですが、人は壁にぶち当たった時や将来への不安を感じた時には何者かに対して祈ります。「神様、仏様」と何気なく言葉を発した経験がある方もいると思いますが、祈りの対象は偶像ではなく、自然や宇宙などの畏怖を感じるものが対象になっているのではないでしょうか。
 これら私達が感じる共通した神々しいものへの畏怖の念を表現したのが「祈り」ですから、全ての人が聴ける曲として存在するものだと感じています。

 プロの仕事とは、真剣勝負であること、妥協点を見出さないこと、周囲も巻き込む力を持っていることだと今日の空気で感じ取りました。ただ強い気持ちを継続させることは難しいものですから、普段は緩く本番では強くが基本になります。
 会社員や公務員がプロと呼ばれない場合が多いのは、恒常的に成すべきことが中心であり平均的なペース配分で仕事を遂行する必要があるため、短時間で集中して何かを突破する場面が少ないからです。必要な時には緊張感を持って仕事をすれば、誰でもプロと呼ばれるようになるような気がします。
 佐野さんはこれから大きく羽ばたくことでしょうが、記念すべき第一歩を踏み出しました。その原点となる現場に立ち会えプロ意識に接したことは、活動する分野は異なっても応用出来る貴重な財産になりました。

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