290.言葉遣い
 知識は年齢と共に増え、人はより高度な知識を習得し人格を形成していきます。行動も経験を重ねることにより年齢と共に品格のある行動を取るようになります。このように知も行も年齢と共に高まるのですが問題が生じます。
 人間は年齢を重ねると完成に向かう筈なのにそうはなっていません。むしろ知と行のずれが生じて行きます。それは知識の高まる角度と比較して行動が高まる角度は比較的緩やかで、年齢と共に知識と行動の格差が拡がっていくのです。
 つまり知と行の差が大きくなることから、頭では悪いことをして駄目だと思っていても、他人が見ていないとやってしまうことがあります。知識が増える程、行動も正義や社会秩序の維持の方向に向かうべきなのに決してそうなっていません。知識の高まりに行動力がついていっていないのです。
 これを防止するためには自分で歯止めをかける方法があるだけです。
 それは知と行にずれがあることを自覚しておくこと。素晴らしいことに心が動く感性を磨くこと。人の言うことに惑わされないで自分の考え方を持つように自己確立すること。これらを心得ておくことで自らの行動を高められます。

 人を高める道筋はふたつあります。
 ひとつは形から心へ。もうひとつは心から形へ、です。
 形から心への意味は、人は良い行いをしようとすることで心も清く正しくなっていきます。良い姿、良い行いをすると言う形から入ることで、結果として形に応じて心も清らかになります。
 逆に心を清く正しくすることで行動も正しくなって行きます。どちらも成長していくために大切な道筋です。
 心は言葉で表されますが、その言葉には魂が宿っていると言われています。
 美しい言葉や清らかな言葉は人の気持ちを穏やかにしてくれます。きたない言葉や批判的な言葉は人を怒らせたり傷つけたりします。

 これを証明するように水を使った実験があります。水を入れたコップを二つ用意します。ひとつのコップの水には毎日「お前は綺麗な良い水だ」「今日も元気になろうね」などの言葉をかけます。もうひとつのコップに向かって毎日「何て汚い水」「泥水みたいだ」などの言葉をかけます。
 何日した後、水の結晶を確認すると、綺麗な言葉をかけつづけた水の結晶は規則的でとても美しくなっています。ところが汚い言葉を浴びせ続けた水の結晶は歪んでしまっています。言葉が分からない水であっても、人の言葉、つまり心に反応しているのです。
 では人はどうでしょうか。人は言葉を理解しますから、毎日自分で発している言葉や他人から聞かされ続ける言葉の影響は計り知れないものがあります。
 自分の言葉遣いそして他人から受け取る言葉の数々、毎日接する言葉を大切にしたいものです。言葉が自分を変え他人を変えてしまうのです。

コラム トップページに戻る

前のコラムへ   /  次のコラムへ