135.法解釈
 法律を学んだことのある人なら誰でも分かることですが、実は法律の適用は事例に応じて異なるものです。つまり数学の方程式のように、この事件を起こしたらこのような扱いとなる、或いはこの刑罰を適用されると直ちに決まらないのです。素人的には事件は法律で全てスパッと決められるものだと思いますが、実は法解釈によって血の通ったものになります。
 条文は一般的・抽象的表現としているため、法を適用するには法解釈が必要となります。法解釈は人によって違いますから、同じ事象でも扱う法律家によって結果は異なります。
 苦労した経験がある法律家や人間味のある法律家だと、法律を詳しく知らない相談者の気持ちが理解出来るため、一見冷たい条文が暖かいものに変わります。決められた通りに条文を適用するのではなく、可能な限り法解釈をしてくれます。法律は人間の日常生活を幸せなものにするために存在しているからです。日常生活が前面にあり法律は後に控えています。法律が前に出てしまうと、日常生活に制約が増え窮屈になってしまいますから、それは避ける必要があります。法律が私達の生活を必要以上に縛ってしまうと、自己実現や自由な経済活動は出来なくなります。
 あくまでも私達の活動は自由であることが前提で、他人との関係において迷惑をかける、或いは片一方に不自由を被らせる場合において活動に制約をかけます。お互いの権利を比較してお互いにどこまで譲れるのかを決定します。いわゆる公共の福祉を適用して個人の活動に制約をかけます。

 法律家として仕事をしていると、最近のフリーターと呼ばれる層の考え方に将来の不安を感じているようです。共通しているのは、自分さえ良ければ、他人は関係ない、先のことは構わないと言った考え方です。社会生活は他人との共同体ですから、円滑な日常生活のためには協調性が必要です。その協調性が欠けていることは不安です。
 若い人は窮屈かもしれませんが、一度は組織に入って協調性と仕事の手順、社会生活について体験することが大切です。責任ある仕事に携わることで能力は向上します。フリーターやアルバイト経験では決して責任ある仕事を任せてもらえませんから、何歳になっても能力は高まりません。人生は自己を高めるための道程ですから、責任を持たない社会生活を過ごすのは人生において大きな損失です。自分には無限に時間があると思っている内は感じにくいのですが、年齢を重ねて人生が有限であることに気づくと、辿ってきた道筋と小さな積み重ねが大きな差になっていることが分かります。その差は縮めることが出来ない程大きなものです。
 後で後悔しないためにも一度は組織に入って仕事の基礎を学び、自分のやりたいことが見つかったらその時点で決断すれば良いのです。
 経済的に見ると、正社員でなくても生活出来るだけの賃金は得られますから苦労は無いかも知れません。お金は大切なのは言うまでもありませんが、それだけで充実感と達成感は得られません。富士山の合宿で感じたように、一つのことをやり遂げることで得られる達成感と、一流の人から学ぶことにより得られる脳細胞の充実感が快さにつながります。この快感を得る経験は変えがたいものです。

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