134.地方自治の変化
 地方自治法は昭和22年5月3日に憲法と共に施行、平成12年に地方分権改革として地方分権一括法が施行されました。最も重要なことは関与(規制)の緩和です。
 過去、地方自治法により県や市などの地方自治体は、機関委託事務制度となっていました。この制度は首長や教育委員会は、国が司っている個別の仕事を代理して行っているに過ぎないものでした。地方自治法施行当時は約150件の機関委託事務だったのが、改正直前には560件に増大していました。
 一例として、パスポート発行は旧外務省の仕事でしたが、下級機関として県の仕事でした。凡そ県の仕事の70%から80%程度、市の仕事の50%が機関委託事務でした。つまり県の仕事の内70%は大臣の地方機関としてのもので、県民のための仕事は30%に過ぎなかったのです。
 しかし平成12年4月1日からは、県知事の仕事は大臣の下級機関ではない県の自治義務に変わりました。この意味するところは非常に大きいのです。
 地方自治体の職場に行くと通達集や通知文が沢山あります。通達とは、上級庁から下級機関に示した行為準則のことで、平成12年3月31日までは法的拘束力がありました。地方分権一括法施行により法的拘束力がなくなり通達の意味がなくなりました。過去、大臣の下に知事や市長が位置していましたが、現在は大臣と首長は対等立場にあります。もう大臣は対等である知事宛に通達を出すことが出来なくなったのです。
 では何故地方自治体には通達集が残っているのでしょうか。それはマニュアルとして使えてそれに沿った仕事をすれば良いので楽だからです。地方自治体は依然としてファーストフード店状態から脱出が出来ていないのです。
 例えば、子どもの保育料金が高いので下げて欲しいと申し入れがあったとします。今までなら「申し入れは尤もです。しかし厚生労働大臣からの通達により料金基準が決まっているので、市ではどうしようもないのです」と対応出来ていたのです。
 しかし現在、地方自治体はこのような対応は出来ないのです。まだこのような対応をしているところがあれば責任転化です。地方自治体の職員の大きな問題として、中央集権的構造に依存してきた体質が今も残っていて、通達にはマニュアルとしての価値があると思い込んでいることです。
 法令解釈を他者に任せている所に自治はあり得ません。法令を自分達で解釈を行う時代になっているのに、そこまで至っていないのが現実です。
 法が法規性を持つためには適度の抽象性が必要です。抽象的過ぎても具体化過ぎても駄目ですから、どこに設定するのかが難しいのです。法適用の最大の問題は、個々の具体的問題に適用するためには解釈を必要とすることです。ですから同じような事件でも、地方や時代によって法解釈の内容は違ってきます。その重要な法解釈を地方自治体は中央、つまり地方自治からすると他人の解釈に任せてきたのです。
 まちを再生するための情熱があれば法解釈は決して難しくないのです。良いものは取り入れられるように法解釈を行えば良いからです。地方自治体の法解釈に対して、議会は誰のための解釈なのか追及する姿勢が必要です。もし、この見解は昭和60年の通達に基づいて行っていますだとか、県の解釈によるものですなどの仕事をしていれば、そんなものは今ではないよと追及出来ます。
 地方分権一括法の施行はこのように大きな意味を持っています。

 地方分権一括法が持つもうひとつの意味は、市民の手で国と市の関係を律する機会となったことです。平成12年には国地方係争処理委員会が設立されています。この委員会は、国の法解釈と地方自治体の法解釈が異なった場合に、地方自治体からの申し入れによりジャッジするための機関です。申し入れが出来るのは地方自治体からだけです。国は地方自治体の法解釈、つまり条例をおかしいと申し立てすることは出来ません。
 しかし設立から5年経過していますが開店休業状態が続いています。今までの実績は、横浜市が場外馬券場に税金をかける問題で申し立てをした程度です。
 過去、国の通達が地方自治体を律していたのですが今は違うことを認識するべきで、市民の側で規範を作れる時代に変わっているのです。

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