69.松本上人との対話
 人は死ねば無に帰ります。生きた証を残すために銅像などを残す人がいます。しかし形あるもの、生あるものは永遠ではありません。
 でも永遠になる方法があります。それは次の世代へ正義に突き進んだ自分生きる姿を見せ影響を与えることです。優れ人に接すると心にその姿が残ります。影響を受けたその精神や生き様を、また次の世代に伝えていきます。人は死しても崇高な精神は世代を超えて生き続けます。形あるモノに価値を見出す社会になっていますが、いつまでも残るものは形のないモノです。
 自分の精神を人の心に伝えるためには、他人に影響を与えられる人物である必要があります。そのための苦労や大変さはその人に課せられたものです。それを受け止めるか逃げるかによって人生は変わります。世ために苦労を取るのか自分のため楽を取るのか、選択できるのは自分だけです。

 小さい頃にペットを飼うことの意義はあります。小さい犬を貰い受け一生懸命に育てる。やがて犬は子どもよりも先に大人になります。大人の犬に子どもは遊びの中から生きる姿を学び取ります。犬は大人の時代が過ぎると老化した姿となり、子どもと一緒に走り回れなくなります。そして訪れる死。犬の命の中に、子どもは生命には誕生と死があることを知ります。
 幼い子どもの犬の命と接した時の喜びと、一緒に暮らしてきた犬の下に降りかかった死、この記憶は永遠に刻まれます。
 バーチャル体験のように命が再生されるのではなく、一度だけの生命を意識します。命は有限であることを学んだ子どもと、そうでない子どもの人生が異なるのは必然です。大人ではなく愛犬が人生で大切なものを教えてくれるのです。

 人によって対応が変わるのは組織として体を成していないものです。相談を受ける人が誰であっても同じような応対ができないと公平ではありません。ある組織に対して相談を、担当者にした場合了解を受けたのに、次の打ち合わせで主任が登場して駄目となるのでは、組織として信頼を失墜する結果となります。
 誰がでてきても同じ応対をしてくれる組織は信頼されます。
 逆のケースも成り立ちます。相談に来る方が地位のある人でもそうでない人でも、同じような応対をすべきです。そこから信頼は生まれます。

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