70.家訓をつくろう
 自分で家訓をつくるのは今の価値観を知る上でも面白いことです。私なりに家訓を考えてみました。

家 訓
1.常に新しい領域を増やそう
2.進歩のない者は決して勝てない
3.人生は学ぶことにあり

1.常に新しい領域を増やそう
 人間は日々向上しなければならない。
 逆に言えば向上心の無い者は本質的に人間とは言えないし、向上しようとすれば知識を得る必要がある。
 しかし、物財はお金でいくらでも買えるが、知識や教養あるいは精神的なものは、地道な蓄積と鍛錬がないことには突然身につくものではないものである。その上、新しいことを始めようとすると、始めはどんな事でも難しいもので、特に希望に溢れている時は、思い通りに行かないものである。しかし、それは挫折と思わないで、誰もが経験する練習だと考えるべきで、ひとつひとつの蓄積が意味を持っていくのである。
 ひとつの仕事で役立つことは、他の仕事においても応用が利くし、新しい能力が身に付くと言うことは、現在よりもより高い位置に登ったことになり、見通しが良くなると言うことである。
「始めの一歩は成功の一歩」と考えてみたい。始めはただ単に一歩を踏み出すだけであっても、その一歩が真面目なものであるならば、その一歩は大きな成果につながるのは当然のことだと考える。歩かなければ成功に近づく事が出来ないと言うことを念頭に置いて新しい分野に果敢に挑み、ひとつの事に満足せず複線型の人生、仕事を目指していきたいものである。

2.進歩のない者は決して勝てない
 時代は確実に進歩している。今日の常識が明日は非常識になっているかも知れないのである。まして世界を相手と考えれば日本の常識などは無に等しいもので、私達は世間体にとらわれずに進歩することを考える必要がある。
 しかしここで考えておくべきことは、進歩を考えていない者は一人もいないであろうし、皆が自分はもっと巧くやろうと思って努力していると言うことである。
 それでは、進歩する者としない者の差はどこにあるのであろうか。
 一つは鋭い感受性があること。同じ経験や見聞きをしても、どれだけ他人よりも多く感じられるかがポイントになるのではないだろうか。
 二つ目は能力と意志。能力とは特殊な才能を言うのではなく日々努力の積み重ねのことであり、加えてそれを必ずやり遂げると言う強い意志を持たなければならないということである。
 三つ目は目的。進歩してどうなりたいのか、何になるのかという自己実現の欲求が必要である。勿論、目的は漠然としていては効果が無く明確に描かなくてはならない。
 最後に「何故」という問題意識を持つこと。物事を当たり前と見るのと何故だろうと思って見るのとでは、次のステップは違ったものになるのは当然のことである。
これらを磨くことが進歩すると言う事であり、進歩が無いと決して勝者にはなれないのである。

3.人生は学ぶことにあり
 学ぶと言うことは、知るということである。今まで知らなかったことを知るということは大きな喜びであり驚きでもあり、この経験をした者はまた同じ経験を目指そうとするものである。
 学生時代は勉強する時間も場所も機会もあるので学び知ることが出来るが、社会に出るとなかなか勉強に時間を裂くことが出来なくなる。しかし、社会のことが分かってくると物事を表面的、現象的に見るのではなく、その根本にあるものを知りたいと思ってくるものだ。それは経済の理論でも良いし金融システムのことでも良いと思うが、要はそう思うということは人間が本来持っている物事を知りたい、高めたいという欲望が現れて来るということで、そう感じた時にそれをやれば良いということである。
 つまり、やりたい時にやりたい事を学べば良いのであってルールも何もないのである。
 勿論、学んだことが直接仕事などに役立つとは言えないが、この蓄積が心の幅を拡げてくれるのである。人間は物事を深く考えたり判断する時には自分の中に材料が沢山あり、尺度の違うものさしを幾つか持っておく程良いのであって、そうすることにより誤りを防ぐ事が可能となる。
 社会や経済は常に変化して行くので、それに対応する知識や能力を身につける必要がある。「人生は学ぶことにある」心掛けておきたいものである。

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