「浜木綿 第73号掲載 令和7年4月1日発行」
和歌山城には樹齢450年とも言われる大楠があり、この御神木を祀るために大楠神社が建立されています。樹齢450年の大楠は強い生命力を持ち、この地でわが国の歴史を眺めてきました。今から450年前とは戦国時代、織田信長が活躍した時代まで遡ります。紀州の国に織田信長や豊臣秀吉が攻めてきた時、雑賀孫市が迎え撃った時代です。その頃に生命を得た大楠は戦国の英雄たちの戦いを眺めていたのです。豊臣秀吉が天下統一を果たして和歌山城を築いた時、大楠は城内に囲われることになります。
戦国の世から紀州徳川家の時代や明治維新を生き抜き、第二次世界大戦での空襲で和歌山市内は燃えあがり、和歌山城の天守閣も焼失したのですが、その中でも大楠は生き続けたのです。
それどころか火の海の中を歩きお城に逃げ込み、戦火や雨風を凌ぐために大楠の下で数週間も暮らした親子を護りました。大楠はこの親子の命を護ってくれたので、令和の時代において、この子どもから戦争体験を聴くことができています。子どもは現在80歳代の後半になっていますが、戦争で被災した体験を私達に伝えてくれているのは、大楠が護ってくれた生命を後世の私達のために生かしてくれているからです。
大楠は強い生命力を有しているので、これまで多くの人の生命をつないでくれています。医者から末期癌と宣告された人が「がん細胞が消えますように」と毎日、大楠に参拝したことで癌が消えた話もあります。大楠の強い生命力に触れることで、大地から吸い上げられるエネルギーと、大空から注いでいる太陽からのエネルギーの一部を吸収することができるからです。
僕は毎月、大楠に参拝してその肌に触れています。大地のエネルギーが大楠を流れ、触れた手から僕の身体に流れ込み、また大楠に戻っていく感覚が味わえます。
この大地のエネルギーが強い生命力であり、大楠を訪れる私達にその力を授けてくれています。大楠は、戦国の英雄、紀州徳川家、戦災で行き場を失った人々に力を与え続けてきたように、現代においてもその強い生命力を私達に与えてくれるのです。
尤も、御神木の力を得ようと願うなら、大楠と会話をして心身を一体化させる必要があります。大楠と意思をつなげなければ、大地からの吸い上げられるエネルギーを身体に受け取ることは叶いません。信用することが受け入れることですから、心のスイッチをオフにした状態で大楠に触れてもエネルギーを感じることはできないのです。
これまで多くの人が大楠と生命を共にして、やがて地球から去って行きました。人の生命は100年もすれば尽きますが、大楠の生命は、大地と大空がある限りこれからも続きます。これまで信頼関係を結んだ多くの人に強いエネルギーを分け与え、その生き様を見てきた大楠です。現代においても同じように私達に力を与え続けていますし、私達がこの星を去った後の世界でも、正義の人たちの人生を見守ってくれるはずです。
令和6年に春が訪れました。陽春に太陽が差し込んでいる空を見上げると、大楠の枝から若葉が育っていました。多くの生命が喜びを感じる春の午前、若葉がたてがみに化身した龍の姿がありました。
果てることのない大地のエネルギーを得て、大空から無限の太陽の力を受けている。450年間、生き続けている大楠は、強い生命力を維持しながら今なお成長しているのです。
戦国にあっても、紀州攻めの舞台となっても、明治維新が訪れても、第二次世界大戦の空襲と戦火に見舞われても大楠は生命を維持してきました。人類の歴史は流れていますが、現代を生きる私達も歴史に登場する人物の一人です。先人達が築いてくれたこの社会で、それぞれが果たすべき役割を持って生きているのです。
いま歴史を刻んでいる私達が使命を果たすためには強い生命力が必要ですが、その強い生命のエネルギーを大楠から分け与えてもらうことができます。
そんな強い生命力をもって歴史を生き抜いている大楠と会話をすることで氣づくことがあります。それは生きる力を得て、生きる覚悟をもち、自分が成長することによってだけ、この先の世界が良くなることです。自分が成長することなくして、この次に訪れる子どもの世代が良くなることはないのです。
450年の歴史を眺めて来た大楠は「例外はありません。成長を諦めることは、常に進歩を求めている歴史に逆らうことです」と温かく語りかけてくれています。