715. 謙虚に
 芸術家の方との懇談です。生徒が入門した時には謙虚なのですが、成長してくると次第に自信を持ち始めます。それは良いのですが、自信が過信になってしまうと成長が止まってしまうばかりか、先生の意見も取り入れようとしなくなるそうです。先生が教えることは基本を繰り返すことや基本を大切にすることが前提になっていますから、上達した生徒にとっては面白くないのです。
 そのため生徒で踊りを合わせる場面でも、周囲と合わせるのではなくて自分が前面に出ようとします。舞台の真ん中で、そして一歩前に出て自分は周囲とは違っている様をアピールすることもあるようです。

 ところで先生の視点からだと舞台全体を見渡せるのです。真ん中だけが浮かび上がるものではありませんし、輝きはどこの場所であって感じるものなのです。ですから先生の視点では、スタンドプレーをしている人だけが目立つものではなくて、後ろにいてもしっかりと基本を大切にして踊っている人が輝いて見えることもあるのです。
基本を大切にしている生徒の成長速度は速いので、いつの間にか舞台の中心に据えることもあるようです。

 中央とその周囲との配列を変えると分かりやすいようです。あまり目立っていなかった人が中央に来ると輝きを放つことがありますし、中央で目立っていた人が横に行くと、それほどでもなくなる場面もあるようです。素人はどうしても中央を見てしまいますが、専門家の視点は、どこにいても良い素材を発見します。
 輝ける人はどこにいても輝いていますから、目立とうとしなくても主役に躍り出ることになります。その人はあくまでも謙虚で素直です。自分が主役だと訴える人は素人目には華やかに映っても、専門家からするとそうではないようです。人は内面が表情に出ますから、純粋な芸術として現れないのです。

 そう考えると、人を蹴落とそうとする行為は無駄なものです。一人消えたとしても、その代わりに指名されるとは限りませんし、内面が表れる芸術では主役に躍り出ることはできないからです。

 それより入門した頃の謙虚な気持ちを思い出し、人のことは気にしないで上達しようと思っていた頃に戻ることです。昨日の自分よりも上達していた頃を取り戻すことです。

 先生はその道何十年のプロです。その人が教えてくれているのですから、素直に学べば確実に上達するものなのです。学ぶ立場からすると、何十年もかけて身につけた技術を短時間で学ぶことができているのです。そのことに感謝していれば謙虚さを忘れることはありません。
 お金を出して学んでいるのではなくて、先生の得たものを分け与えてもらうためにお金を出しているのです。ですからあくまでも謙虚に、先人達の身につけた技術と心を学びたいものです。

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