667.現場
  和歌山県で熊野古道の語り部をしているのが坂本平さんです。本当に熱心な活動で人気があります。65歳以上の方が対象となる「いきいきシニア和歌山」を立ち上げて一年で会員数は約500人になりました。毎月一回の行事を会員の皆さんは楽しみにしているようです。坂本さんの語り部はテキストや過去からのデータだけに基づいたものではありません。

 お客さんに熊野古道の案内をするのは時間の制約から、一回当たりでその一部を案内するだけになりますが、その一部の案内のために、京都府の城南宮から大阪府天満、大阪府下から和歌山県和歌山市に入り、最後は熊野三山まで全コースを歩き通しています。熊野古道を語るには、出発地点から到着地点までの全てを歩いておかないと説明できないとの考え方によるものです。歩いた体験があると、お客さんから「熊野古道のスタート地点はどこですか」と聞かれても「京都府の城南宮です」と即座に答えることが出来ます。テキストで学んだだけだったら地名を忘れるかも知れませんし、城南宮がどんな場所なのかイメージ出来ないので説明が膨らみません。

 熊野古道の説明のたった数時間のために、何十日もかけて熊野古道を歩き通していることに驚きました。
 更に熊野古道に纏わるエピソードに関しても自分で調査しています。調査とは現場に赴くことです。エピソードを訪ねて現場に行くと、昔のことを知っているお婆さんが、どの地域であっても存在していると話してくれました。そのお婆さんに聞くと、史実や例え作り話であっても地域との関わりや時代背景と共に詳しく教えてくれるようです。
 和歌山市和佐に和佐大八郎という歴史上の弓矢の名人がいました。その人の足跡を訪ねて、その弓の保管しているお寺やお墓まで行っています。実際に保管されている弓を見ておくことで、和歌山市内の熊古道の語り部をする際、縁のある和佐大八郎の話をすることがあります。実際に弓を見ているので話に迫力がでるのです。
 弓を保管していたお寺は「実際に弓を見て来たのは坂本さんが初めてです」と話していた様ですし、通常は大切な和佐大八郎の弓を見せることはしないそうです。坂本さんの熱意に触れて本物との面会が実現したのです。これだけでも素晴らしいことだと思います。

 それだけではなく、資料に出てくる場所や山には出掛けて、その地形や風などを感じてくるそうです。例え、その山や構造物が現在は存在していなくても、当時、それがこの場所にあったと分かるだけでも情景が把握できますから、語り部とての話に活かされます。
 そんな調査と行動力に支えられた熊野古道の語り部活動は、参加者の感動を呼んでいるのです。

 現場を知っておくことで話しが立体的になりますし迫力がでます。同じことを相手に話をするのでも、そのことを体験した人から聞くのと、未体験の人から聞くのとでは中身は違います。熊野古道に来てくれた人のおもてなしをするために、語り部として本物の体験をしてから実践に挑んでいます。
 現場体験をしてから実践活動に入る取り組みを伺うだけでも感動ものでした。

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