663.ありがとう
 2009年元旦の通夜式に引き続いて告別式にお参りしてきました。新年二日目に告別式が執り行われるのは不思議な感じがします。新春と告別式の組み合わせは余りにも不自然で、本来、お互いの健康を確認しお祝いする日なのに、永久のお別れの日となっているからです。

 新春の雰囲気の中で厳かな告別式となりました。今日、何となく分かったことがあります。故人の思い出は直接的に関係のある人、つまり子どもや相方の心に残るだけですが、その人がいたことで周囲に及ぼした影響は絶えることなく生き続けるということです。その人が存在したことで、それは小さな地域の中での出来事だったかも知れませんが、その時々の言葉や行動によって何か結果が導かれたものが確実にあった筈です。それは歴史に名前を残した人の陰には、無名の人達の言動があったに違いないからです。どれだけ力のある人でも一人で歴史を作ることはできませんから、その周囲にいた無名の人の存在が歴史を作ってきたのです。

 歴史の陰に、無名だけれども歴史を生き抜いた人の存在があるのです。アメリカの首都ワシントンにあるアーリントンミリオンの中の無名戦士の墓を思い出しました。民主主義で自由の国アメリカは、歴史を築いてくれた戦士を永遠に称えています。例え子孫が絶えはてても国が彼らの存在を認めているのです。
 小さなまちの商店街で商売をしていた松二さんですが、地域の活力を支え生きるための知恵を子ども達に残してくれたのです。これからの残された子ども達の行動の中に、その知恵と記憶が無意識のうちに反映される筈です。生きた証は、姿がなくなっても波動のようなエネルギーを放ってくれるような気がします。

 さて告別式終了後の故人との最後のお別れの時に、恐らく一生忘れることのない光景を間近で見ました。
 長女が背中を曲げ棺の窓を覗き込みながら父親の顔を見て、最後の言葉を言い放ったのです。
「ありがとう」。
とても澄み切った、悲しくて愛情のある温かい一言でした。
 今までどれだけ多くの「ありがとう」の言葉を聞いたかも知れませんが、この時に聞いた「ありがとう」の言葉は、そのどれよりも美しい「ありがとう」でした。こんな素敵な心に響く「ありがとう」を聞いたことがありません。
 日本語の中で一番美しい言葉は「ありがとう」だと思いますが、その中でもこれほど美しい「ありがとう」の言葉があったのかと思いました。
育ててくれた意味の「ありがとう」。
愛情を注いでくれたことへの感謝の気持ちの「ありがとう」。
大人になっても、いつも見守ってくれたことに感謝する「ありがとう」。
永遠にお別れする人の旅立ちの瞬間に添えた最後の言葉「ありがとう」。
そしてあなたの子どもに生まれて良かったことを告げる「ありがとう」。
 数えきれないくらいの感謝の気持ちを込めた「ありがとう」だったのです。

 色々な場面で「ありがとう」の言葉を使いますが、今日の「ありがとう」のような美しい「ありがとう」の一言を言い放ってみたいものです。この一言で、ここにいた故人の魂が安心して、翼が生えて天高く飛び立ったのが見えたような気がしました。天使は人の心に存在していると信じられるようになった出来事でした。
 そして私達が、全ての人に対して美しいありがとうの言葉を使うようになったなら、この社会は確実に変わっている筈です。
日本語で一番美しい言葉を、最も清く美しい心で言った「ありがとう」の場面は、私の心を光の矢のように突き抜けました。今の私の中には「美しいありがとう」が宿っています。生きていく上での大きな優しい武器をいただいたような気がしています。そして、この言葉が使えるような美しい場面に数多く出会いたいと期待しています。

コラム トップページに戻る

前のコラムへ   /  次のコラムへ