629.ロウソクの炎
 私達はみんなロウソクのような人になるべきだとの教訓をいただきました。自らを燃やして、自らを削りながらも、周囲の人達を明るく照らすことのできる人になるべきだという人生訓です。自ら燃えることで周囲に熱伝導を起こすことが可能となります。それも一瞬ではなくてロウソクの炎のように、できるだけ長く燃え続ける必要があるのです。物事を成すためには長い時間の継続が絶対に必要です。一瞬だけ燃えることは比較的容易なのですが、炎を燃やすことを継続させるのは困難です。リーダーは静かに燃え続けることができて、周囲に明かりを灯し、温かい気持ちにさせる資質が求められると思います。

 周囲を燃えさせることは、気性を激しくさせることとは違います。まして対立を煽ったり、強行突破するための行動を起こさせるものでもありません。草むらを激しく走るように燃え渡らせる炎ではなくて、松明の炎のように一人が一つずつ明かりを灯そうとする人が増えていく感じが、ロウソクの炎のような人なのです。そんな人が中心にいる地域や組織が理想なのです。

 考えてみれば、ロウソクの炎それ自体は周囲を焼き尽くすものではありません。決して人が得た生きるための炎ではないのです。ロウソクの炎は、人の心を和ませたり、二人の空間と関係を近くしたり、雰囲気を創造したり、冬の寒さをしのぐ役割も果たしてくれます。誕生日の祝福の炎にもなりますし、災害時に灯る命と希望の炎にも姿を変えます。

 ロウソクの炎があることによって力強くもあり優しくもあり、嬉しさも表現できますし、ロマンチックなムードも演出してくれます。リーダーはロウソクの炎のような人であって欲しい。それは一瞬で燃え尽きるようなもの激しいものではなく、長く希望を叶え続けてくれる象徴的な炎なのです。

 本日懇談した経営者であるHさんは、私も知っているある先輩と会った時に「ロウソクの話は必ず片桐君に伝えて欲しい」と頼まれたそうです。「ロウソクのような人になって欲しい」。その一言には、ここに記載したような気持ちが詰まっていると思っています。

 その一言から学べることがあります。聞き流してしまえば自分の身に付きませんが、その意味を自分なりに推測することで、その言葉は自分のものになります。教える側が思っている本来の意味とは違うかも知れませんし、解釈の違いがあるかも知れません。人は置かれた環境や年齢によって感じ取り方が違いますから、思うとおりに解釈し、教訓とすれば良いのです。

 言葉は人が解釈したものを暗記するものではありません。言葉は生きていますから、上手く活かせる方向に自分で解釈すれば良いのです。要は素直に人の言葉を受け取るか受け取らないかです。大きな心ですから、縮こまっていないで空っぽにしておけば、他人の言葉を吸収しは自分のものにできます。食べ物は自ら口に運んで食べないと血と肉になりません。言葉も同じで、一旦素直に受け取らないと自分のものにはなりません。大袈裟に言えば、良い言葉の積み重なりが人格を高めてくれます。

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