602.どこまで
 2008年8月16日、北京オリンピックの男子100m決勝は衝撃的でした。ジャマイカのウサイン・ボルトの優勝タイム9.69秒は世界新記録であるばかりか、ゴール手前で流しに入る余裕すらあり、簡単に9.70秒の壁を破ったことと次の次元に進む可能性を強く感じました。特別の才能の持ち主であることは間違いありませんが、走り方や精神力を超越したような圧倒劇でした。

 そして決勝の着順タイムを見て更に驚きました。二着9.89秒、三着9.91秒と続きますが、六着でも9.97秒なのです。七着になってようやく10.01秒と10秒台になります。今でも覚えている1984年、ロサンゼルスオリンピック100m競技でのカール・ルイスの優勝。その時のタイムが9.99秒で、翌日の新聞に大きく「9.99」と書かれていました。
 ところが、もしカール・ルイスが北京オリンピックでその時と同じタイムで走ったとしたら、七着の位置になってしまうのです。20年前の記録とはいえ、人間が進歩する能力の素晴らしさを感じます。

 一体、どこまで進歩を続けることが可能なのか。全く分かりませんが、無限の可能性があると言わざるを得ません。もしかしたら9.50秒を突き破るかも知れませんし、遠い将来には8秒台の争いに突入している時代になっているかも知れません。
 何故、これだけ記録を伸ばすことが出来ているのか分かりませんが、日本人選手のコメントにヒントがありました。同じ100m競争の準決勝を走った塚原選手のコメントです。

 「世界とレベルが違うことは分かっていたが、パウエルとの差を見てこんなに近いのかとも感じた」というものです。パウエル選手とは世界歴代二位の記録9.74秒を持っている選手ですが、同じトラックで走ってそう感じたことに可能性を感じます。
 世界一に最も近い選手の一人と一緒に走って、「これは敵わない。追いつくのは無理だ」と思うのと、「こんなに近いのか」と思うのかでは、その後の展開は全く違うものになります。追いつけると思うと自分の可能性を引き出せますし、そうでないと世界の壁の前にある自分の壁の手前で止まってしまいます。

 世界新記録のレースで走った他の選手はどう感じたのか分かりませんが、優勝者の速さを体感しながらも、自分の目指すべき目標が先に行ったことでさらに可能性は高まったと感じているかも知れません。またこのレースを見ていた世界中のコーチや未来の選手には、目指すべき未来がはっきりと見えたのではないでしょうか。

 目標が更に先に行ったことで、まだそこに辿り着いていない自分であっても、一人が未知の領域に行ったことによって、そこに到達する可能性を秘めているのです。
 9.99秒の記録が出た時には、世界のトップアスリートはそのタイムを目標にしていた筈ですし、最近では9.74秒の世界記録が出た時は、現代のトップアスリート達はそれを目標にしてきました。同世代の選手がそのタイムを出したことで自分にも到達出来ると思ったから、そこに辿りつけたのです。今度は9.69秒が目指すべき目標となりますから、人類の可能性はさらに高まったと言えます。
 一体どこまで行けるのか。次元と活度の舞台は違っても、私達も人類の一人として思いを描くこととそこに向かっての目標を掲げることで無限の可能性を持っています。

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