583.衝撃
 2008年6月6日、朝から衝撃が走りました。高校時代の同級生が今朝、死亡したと連絡を受けたからです。このことは一瞬、何を言っているのか分かりませんでした。「関が亡くなった」との一報は胸を突き刺すような衝撃でした。午前の予定をキャンセルし、和歌浦にある自宅に向かいました。100kgを越していた体重が残念なことに、すっかり痩せてしまっていました。

 元気な時の姿からは想像できない姿で出てくる言葉がありませんでした。
 彼の名前を記します。関良規君です。
 思い起こすと、向陽高校に入学して初めての教室1年H組で隣の席になったのが彼との出会いでした。左を向くと関が座っていました。それから長い付き合いが始まり、同級生で最も仲の良い友人のひとりが彼でした。豪快で優しいな性格の持ち主で、16歳の時から本当に長い長い付き合いでした。東京、青森、台湾、一緒に行ったところですが、旅行もしましたし、一人旅の情報交換もしていました。「深夜特急」と混ぜ合わせてお互いの旅の話をしたことが思い出されます。ギリシア、イタリア、フランス、スペインそしてニューヨークなど、お互いが旅した時の情報交換の時は楽しいひと時でした。彼が開業している病院名の「アルル」は、フランスのアルル地方を旅した時の印象が余程良かったのか、その地方の名前が由来になっています。勿論、炎の画家ゴッホの「アルルの女」からも来ていることを付け加えておきます。

 高校時代に読んで感動を受けた和歌山県出身の作家稲田耕三氏の「高校放浪記」に関して話し合ったことが思い返されます。またプロボクシングの黄金時代と言われている1980年代に高校時代を過ごした二人はボクシング談義もスパーリングも良くしました。今も直ぐに言えるボクサーはロベルト・デュラン、アレクシス・アルゲリョ、トーマス・ハーンズ、シュガー・レイ・レナードなどですが、今では歴史に残る選手達です。

 「30歳までにはやりたいことを実現させたい」と夢を語り合ったことを思い出します。人生は甘くなくて、振り返ると30歳までにやり遂げたことは余りありませんでした。人生でやり遂げていることの多くは30歳代以降になってからです。40歳を超えて、これから益々実現できることが多くなって行く人生の途中なのに、道半ばにして永遠に時間が止まってしまったことは残念で仕方ありません。
 まさかこんなに早くに付き合いが終わってしまうとは想像もしていませんでした。本当に残念でなりません。

 平成20年2月から闘病生活が始まっていたことを初めて知りました。盲腸の手術だと思っていたのが、実は癌だったと聞きました。その時、既に手遅れで治る見込みはないと医師から宣告されていたそうです。6月までの間、自宅で抗がん治療と点滴を続け、癌と戦っていました。治る見込みがないのであれば病院でいるよりも、自宅で最後を迎えたいと家族に話していたそうです。そして闘病生活が始まってから亡くなる前日、つまり昨日に至るまで、自分の病院の看護婦さんに患者さんに必要な薬や、すべき注射について電話で指示をしていたようです。午前中は自分の抗がん治療を行い、午後は病院で患者さんのための仕事をしていたことも聞き、正に仕事が人生とも言うべき凄まじい生き方だったのです。

 1年365日、一日も休んでいなかったと思います。一応、休診日の木曜日でも患者さんがいると開けましたし、患者さんがいない日は勉強会に出掛けていました。その姿を知っていたので、生前に「少しくらい休まないと駄目だよ」と話したこともあります。毎年の12月31日も1月1日も仕事を行っていたことも知っています。
 残念なのは、昨年5月に話してから彼に会っていないことです。連絡がないのは元気に仕事をしている証拠だと思っていたのですが、こんなことになっているとは夢想だにしませんでした。こんな状態になってからではなくて、せめて生きている時に会って話をしたかったと悔いるばかりです。

 関君の母親曰く「同級生にも誰にも言わないで欲しい」と言われていたそうです。人一倍体格が良くて元気だっただけに、弱っている姿を見せたくなかったのでしょう。男のプライドだと思いますが、同級生全員が残念に思っています。何の力になれなかったとしても、励ませたと思うからです。今日の日が教えてくれたことがあります。
友人であっても、長い期間連絡をしないことはいけないことです。「元気にしている?」の挨拶を交わすことが大切なこと。
何かを達成するための時間を神様は決して待ってくれないこと。限られた時間を意識して、いま、すべきことに向かうこと。
やりたいことをやらない人生ほど後悔するものはありません。人生の最後に後悔しないためにも、真にやりたいことから始めることです。やりたいことに挑戦することが人生であること。
過去は積み重なり、今を生きる以外のものはないのです。確かに生きた過去があり、やりたいことをやっている今があれば、それは幸せな人生なのです。
自分の意思の種は蒔いておくことです。いまは発芽しなくても、意思は友人や家族、そして影響の及ぶ範囲で生き続けますから、いつか思いは実現するのです。
 朝からの大きな衝撃は今日を支配しました。彼の時計は平成20年6月6日で止まってしまったのです。享年46歳。余りにも早すぎる旅立ちです。

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