569.学校再生
 ちょっと昔の話です。別に珍しくもないのですが、荒廃した高校がありました。
 この高校の隣にある会社事務所で懇談していると、吹奏楽部の演奏が聞こえてきました。T社長は「以前、この高校のPTA会長をしていたとこがあってね・・」と昔あったことを話し始めてくれました。

 ここに隣接しているこの高校は以前、授業にならない位に荒れていて、授業中であっても廊下や階段で生徒が煙草を吸い、授業中であっても生徒は学校を抜け出して校外に出ていました。担任の先生は勿論のこと、校長先生も対応策はなく放置したままの状態が続いていました。新しくPTA会長に就任したT社長は学校の荒廃に驚き、このまま放置できないと思いました。ところが先生に言っても他のPTA役員に言っても諦めモードで行動に移しませんでした。「一人でもやる」と宣言してT社長は毎日学校を訪れ、廊下や階段を歩き回りました。生徒も大人は何も言わないことを知っているので、T社長を見ても驚きも隠れもしませんでした。

 ある日T社長は階段の踊り場で煙草を吸っている生徒に言いました。「煙草を吸っても良いが学校が火事になったら困るので、明日から灰皿を持って来なさい。吸殻を灰皿に捨てると約束すれば、明日からも煙草を吸っても大丈夫だ」と声を掛けました。声を掛けてきた大人に注意されると思っていた生徒は驚きましたが、煙草を公認で吸わせてくれるならと思い、喜んで翌日には学校に灰皿を持ってきて仲間と堂々と煙草を吸い始めました。

 翌日から灰皿を持った生徒が学校中に溢れました。依然として廊下や階段では、煙草を吸う生徒がいっぱいでした。
 ですからPTA会長が学校を見廻っても、生徒は堂々と煙草を吸い続けています。PTA会長はこれらの生徒に対して「火事になったら学校に来られないから居場所がなくなって困るのは君達だからね。灰皿で火の始末をしておくように」と話し掛けています。生徒は「何故、怒らないの」と聞くと「君達が煙草を吸っても誰も困らないよ。体を悪くするのは君達だけだから、頑張って吸うように」と答えました。

 いくつもの日々が経過した後、PTA会長は校長先生に対して「一度、校内の巡視に行きましょうか」と誘いました。二人で校内を周ると廊下でも階段でも生徒が煙草を吸っています。その一人ひとりに対してPTA会長は「火の後始末だけはするように」と声を掛けていきました。
 校長先生は更に諦めムードになって行きました。

 ところが連日PTA会長が校内巡視を続けていたのですが、ある日、煙草を吸っている生徒が一人もいなくなったのです。そして校長先生と一緒に校内を巡ると校長先生は驚き、その理由をPTA会長に訊ねました。
 会長は「人は誰でも自分に関心を持ってくれないと、自分に対して関心を持ってもらうための行動を起こします。煙草を吸っても注意されないと無視されていると感じ、益々大人の言うことを聞かなくなります。あなたに関心があるので話をしていると分かってもらうと言うことを聞くようになり、自分で悪いと思うことは止めるものです」と答えました。

 校長先生は自分の学校なのに生徒に無関心であったことを恥じ、その日から時間を見つけては校内を周り、生徒に対して声を掛けるようになりました。そして生徒の行為を悪いと決めつけないで、廊下や階段で話し合いました。
 やがて窓ガラスの割られる被害がなくなり、煙草を吸う生徒は姿を消しました。学校の校庭には運動部の生徒が走り回り、吹奏楽部の演奏の音が校外にも響き渡るようになりました。荒れていた高校は立ち直りました。

 時は流れPTA会長が退任しました。そんなある日、T社長が会社事務所にいると、この高校の校長先生が訪ねてきました。
「T会長のお陰で学校は再生しました。お陰さまで私もこの高校を卒業することになりました」と挨拶をしたのです。
 T社長が校長先生に「どこに異動になったのですか」訊ねました。
 校長先生は静かに答えました。「会長のお陰で大阪府立北野高校(大阪府で有名な進学校)の校長で異動となりました。ありがとうございました。頑張ります」。
 相手の立場に立って行動すると、やがて自分に戻ってくるのです。

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