559.三配
 誰であっても、人生で成功しようと思うのであれば、三配を心掛けるべきだと教えてくれました。三配とは聞き慣れない言葉ですが、その教えは中国の古典から来ているようです。

 ひとつは心配りです。
 どれだけ他人に施しても、決して表に立たないでひっそりしておくことで、手柄や名声は人に取らせてあげることが大事です。あくまでも謙虚で、目立たないで人を立てることが心配りです。

 ふたつは目配りです。
 人が嫌がるなぁと思うことがあれば、先に裁いておくことです。人の行動の先に立ち塞がるような出来事を防いでおくのです。

 みっつは気配りです。
 人がその場やその時間を楽しめるような環境を自然に演出することです。気配りもあくまでも控え目が原則です。

 すべて自分の自然な行動によって他人を引き立てることが大切です。人を引き立たせることは結局、自分を引き立たせることになるのです。人物であれば、誰も一人で輝いているとは思いません。一人が輝く陰には、輝かせている誰かの存在があることを知っているのです。そのことをその時は分からなくても、時間の経過と共に誰がそれを実行していたのか分かる時がやってきます。自分が目立つことは上策ではありません。分からないように仕上げることが上策なのです。

 次のような物語を中国の古典で読んだことがあります。
 ある為政者がある地方に赴任して来ました。民はその善政に感謝の気持ちを表したのです。しかしその為政者は「感謝されるようでは私もまだまだだな」と感じたそうです。
 そしてその為政者は次の地方に赴任しました。今度は、民からは何の声を聞かれませんでした。民には、それが良い政治なのか悪い政治なのか分からなかったのです。やがて月日は流れて、その為政者はその地を去りました。去ったあとで民には気付きました。「良い政治をしてくれていたんだなぁ」と。やはり、施していることを分からないように仕上げることが上策なのです。その人が去った後、本当の姿が見えてくるのです。明らかにその人が行ったと大衆が分かるようでは、たいしたことはないと教えてくれています。

 周囲のだれかが三配をしてくれていても気付かないことが多いのですが、自分が上手く行っているのは誰かの存在があることを認識しておきたいものです。
 現在では三配に新聞配りも付け加えたいと話してくれました。新聞配りとは健康と体力を意味しています。心配り、目配り、気配り、そして健康と体力を付け加えたものが、現代の三配と考えて実践したいものです。

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