306.誰の責任
「今の市長が何もしていないと言われていることや、ビジョンと夢を描けていないのは市議会議員が悪いからだ」と懇談の中で意見が出されました。これは和歌山市政の三年間を振り返って、市政に関して印象的な出来事が見当たらないため市民の方から出された意見です。
 その中で、市議会議員が堂々と一般質問を行い市のあり方と将来を提言すれば市長が年度計画や中期計画などに組み込む筈だから、市長が何も出来ていないのは市長だけの責任ではないという意味が込められています。
「何もしない市長だったら何かをさせたら良い」との意見もあったように、一部には市民からの意見が通っていないことに不満が感じられる状況があります。

 この意見は厳しいものでした。市議会で何を論議されているのか、そして誰が何をしているのか全く分からないので、結局、市長も市議会議員も何もしていないと思われているからです。確かに市議会の様子を中継している訳ではありませんし、新聞で取り上げられることも少なくテレビやラジオでも報道されることも稀です。情報の伝達が上手くなされていないと、多くの方からは市議会は何もしていないものと判断されてしまうのです。

 既に情報を相互発信する時代になっていますが、地方都市では情報は従来の発信者から一方通行になったままのようです。その場合、従来通りの伝達手段をとる必要がありますから、発信者が多くの方に対して活動の様子を情報として伝えるには紙媒体となります。しかし紙媒体による情報伝達には紙面編集、印刷費、郵送料など多額の費用がかかるのです。
 インターネットを活用すると情報伝達手段は安価で済みますが、当然、パソコンを所有していないところには行き届きませんし、ホームページがあっても見てくれるとは限りません。不特定多数の皆さんに情報を伝えるのは現代においても難しい課題なのです。
 ただその結果が市民の皆さんから見ると、市長は何もしていない、市議会議員は提言活動をしていないとなります。

 問題なのは、何もしていないことの意味は日頃活動をしていないことを示しているのではなく、主役である市民の皆さんのためになる施策を講じられていないと思われていることです。
 歩いているだけ。スーツを着ているだけ。パーティに顔を出すだけ。会合をはしごするだけでは、和歌山市民の皆さんは評価してくれない時代になっているのです。顔だすだけではなく、何をしているのかが大切になっていることに気づかないといけません。
 市長に政策がないのは市議会議員を含めたトップを取り巻く全員の責任であること。提言された意見を深く受け止めたいと思います。皆さんからすると、市長、市役所、市議会議員は一体なのですから、しっかりと意識しておきます。

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