166.権限への歯止め
 人は、その人にとって恐ろしい人が近くに存在する必要があります。恐ろしい人とは、主体となる人の行動を近くで見てくれていて、誤った判断を下した時には叱ってくれ、間違いそうな時には忠告してくれる人のことです。時には耳障りな言葉も発してくれる良き友人でもあります。
 最初は、行動や考え方の誤りを諭してくれる友人と忠告を有難く思うものです。主体と支えてくれる人の関係は、忠告を進言することとそれを聞き入れることによって深まっていきます。伸び行く人は、忠告してくれる人に感謝する気持ちを持っています。
 ところが社会的地位が高くなるにつれて、周囲に人が集まるにつれて、友人の忠告を聞き入れなくなる事例を多く見かけます。自分にとって心地良い意見を述べてくれる人を近くに配置し、苦言を呈してくれる人を遠ざけるようになります。そうなると裸の王様と一緒です。やがて最初から支えてくれた友人は彼の元を去り、地位を築いてから近寄ってきた人だけが周辺を固めることになります。苦言を呈してくれる人を遠ざけると、それに比例して転落は始まります。

 客観的に観ると分かり易い図式ですが、当事者になると分からなくなるのです。自分のあらゆる行動に対して周囲からの意見提言がなくなると要注意です。古くからの友人の意見を受け入れる気持ちを持ち続けることが自分を見失わない方法です。
 株式会社を成立させる要件に監査役の存在があります。商法が改正されて以降、監査役の役割はより重要になっていますが、個人にとっても監査役の役割を果してくれる人は必要です。必要以上の権限を行使することに歯止めをかけ適正化を図る役割を担ってくれる人が、株式会社では監査役で個人にとっては本当の友人となります。
 権限が一箇所に集まることは極めて危険な状態です。通常は権限を分散させるか権限を監視する機関を設置することで、制度として歯止めをかけることになります。
 組織内においても社会的においても、地位が高くなるにつれて権限は一箇所に集まってきます。複数人いる課長よりも一人の部長に権限があるのはピラミッド組織では当然です。複数人存在する部長よりも一人だけ存在する社長の方に権限があるのも当然です。会社なら権限を有する取締役に対して、監視する機能を持つ監査役が存在していますし、会社の基本的事項を決定する株主総会が方向性を逸脱しないように歯止めを掛けています。

 NPO法人など私達に身近な通常の組織の場合、方針を示す代表者がいて金銭を管理する事務局長がいることで権限を分散させて適正化を図れます。このように、人間は権力を保持すると権限を乱用することを前提として、現代社会では歯止めをかけるしくみを作っています。
 個人の場合、行動に対して忠告してくれる人が必要な理由はこの点にあります。
 人間には欲得がありますから、個人でそれを制御するのは難しいのです。そこで自分の行動に歯止めを掛けるために、行動を正してくれるような苦言を呈してくれる人の存在が不可欠なのです。
 権力は必ず腐敗します。組織的に歯止めを掛けても歴史が繰り返されるのは、人の内心に問題があるからです。心に歯止めは掛けられませんが、そこに歯止めをかけられる唯一の手段は、忠告してくれる友人がずっと近くにいてお互いの信頼関係を保ち続けることです。そして目的を達したら、いつまでも権限のある場所にいないで立ち去る勇気を持つことで晩年を汚さないで済みます。

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