31.価値観
 日本の価値観は、アメリカ型に近づいています。つまり行動の基準は、お金が儲かるか儲からないかです。もっとひどくなると、自分が儲かるか否かよりも、会社の利益があがるかあがらないかを行動基準にしています。この考え方は、人を幸せにするという、人として普遍的な価値観を逸脱したものです。

会社を第一に考える人の価値観は、貨幣経済を主としているため人を大切にしていません。人の幸せを第一に考える社会においては、他人に幸せをもたらす基準で行動すべきです。人が幸せになるか会社が発展するかは、資本主義社会では基本的に両立しません。両立すると考えているのは、経営に関係していない層だけです。資本主義社会における株主の要求はそれほど甘いものではありません。
株主が求めるものは、安くて質の良い労働力を確保する経営者に企業運営を任せるものです。利益をあげた時には、従業員の給与をあげるよりも配当を多くすることを求めます。
それができない経営者は更迭される運命にありますが、これがアメリカ型市場主義です。

人が自分の価値観を持っていたら、流行に左右されません。物自体には価値はありません。評価する側の価値観が物の値段を決定します。かつての日本は、個人がそれぞれ価値観を有していましたから、個性的な家庭や会社を築いていました。今では、品質、コスト、供給体制(QCD)が判断基準となっています。つまり人の価値観は似通っているのです。  
価値観が多様化していると言われますが、逆の方向に向かっています。一見、価値観が多様化しているといわれているのは、単に流行に踊らされているに過ぎません。流行を無視した生き方をするのは難しい世の中になっています。個人の価値観は確実に狭められています。

かつてどこの家庭でも、一生ものといわれる価値観を有するものがありました。着物や家の庭、ついたてや家具がそれに該当します。親から子へ、さらに孫の世代まで通用する物がありました。一生ものを大切にすることからは、各人が固有の価値観を有していることが分かります。
今の電気製品やパソコンは、決して一生ものには成り得ません。数年で価値がなくなるものを、親子三代に亘って申し送ることは考えられません。
流行によって私たちの価値観は形成されていますから、グローバル化は人を幸せにしません。グローバル化がもたらすものは、会社と株主の幸せだけです。
かつて日本人が持っていた「もったいない」「おかげ様で」「ほどほどに」の精神が、実は社会全体の幸せをもたらすものだったのです。日本の文化の素晴らしさを見直し、大切にしたいものです。

コラム トップページに戻る

前のコラムへ   /  次のコラムへ