726. Tさんとのお別れ
 非常に残念なことですが、午後1時から今週月曜日に旅立った田村誠さんの告別式が執り行われました。昨日に引き続いて告別式に参列させていただきました。いよいよお別れの日がやってきましたが、今日は流石に言葉になりませんでした。人と話をすると涙が溢れそうで、話をすることができませんでした。

 先輩のNさんは「とうとう今日の日がやって来ましたね」と声を掛けてくれました。信じられないことですが、来て欲しくない日がやってきたのです。田村誠さんの元気な時の姿が蘇ってきて自然に涙が零れます。何年ぶりかに先輩の皆さんと顔を合わせました。本当はもっと良いことで会いたかったのですが、このような不幸事で会うのは不本意でした。

 かつて一緒の職場だった先輩とも久しぶりに会いました。「まさかあの田村君が」と先輩達も絶句でした。同期で配属された当時の職場の先輩からは、「片桐、田村といえば有名だったからなぁ」と当時を思い出して話してくれたのですが、本当に若い頃を懐かしく思い出しました。よく飲み会に誘ってくれましたし、遅くなった時には寮の部屋に泊めてもらったことを思い出します。

 出棺の前のお別れの瞬間は寂しさが込み上げてきました。先輩達も涙を堪えているのが分かります。「片桐君は同期だから余計に寂しいよね」と先輩から声を掛けてもらった時は、もう頬に熱いものがつたいました。悲しみに濡れた告別式で、それぞれ言葉はありませんでした。

 一緒に仕事をした仲間も、職場が分かれると会う機会すら少なくなります。「一度、あの頃の職場の同僚が集まって話し合う機会を持ちたいね」と別れる際の言葉でした。田村誠さんのことを偲んだ会を持ちたいと思っています。

 さて告別式が終わる頃、目の前の大きな木に茂る葉が風で揺れていました。旅立ちの時を告げているようでした。残念なことですが時は止まりません。そんな決して止まらない時間を私達は生きています。人は未来へ続く線の上を歩いているのですが、ずっと続いているようでも確実に存在しているのは今のこの瞬間だけです。次の瞬間も生命があるかどうかは自分も、そして誰も分からないのです。私達が今存在していて、田村さんが今存在していないだけの違いです。やがて今日の生きている私達も、今の瞬間に存在しなくなる時が来るのです。その時は、今日のように爽やかな風が旅立ちの時を告げてくれるだけです。

 生命に限りあることを知らせてくれた旅立った田村誠さん。限りあるのに頑張れたのです。今のところ限りがないように思える時間が広がっている私達が、頑張れない理由はありません。時間があることは何事にも挑戦できる可能性があることです。可能性があることの素晴らしさを感じて毎日を充実させたいものです。

 爽やかな風の向こうに笑顔が見えました。爽やかな風を感じて過ごす日々がある限り、いつまでも近くに感じていられます。今日までの日に感謝しています。

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