76.動物と教育
 和歌山市内の小学校で捨て犬の「ナイス」を飼っている所があります。飼う目的は、生徒達に命の大切さを学んでもらうためです。そのためには生徒が犬とどう関わるかが大切です。犬は飼い主に似ますから、飼い主が喧嘩をすると犬も喧嘩っぽくなりますし、子ども同士がやさしく付き合うと犬もやさしい性格になります。子ども達は、犬を飼うことで優しさや思いやりの気持ちを持ってくれたようです。それに加えて人としての大切な気づきもありました。
 ナイスのウンチを処理していたある子どもは「ナイスのウンチは私が処理しているけれど、私が赤ちゃんの時のウンチは誰が処理してくれたのだろう」と気づきました。ナイスと関わることで両親と自分のつながりを認識してくれました。

 ナイスの世話をすること、自分より弱い立場の者から頼られることで、自分を見つめ直す成果がありました。自分とクラスメート、自分と両親、自分と近隣社会との関係です。早いうちに自分の周囲との関係に気づくことで、子ども達の成長につながります。
 
 子ども達には、犬を飼育するに当たって命を軽く扱わないことを誓ってもらっています。
 授業では当初、カニやダンゴ虫を飼育していたのですが、そこからは意思の発信がないので、自分達の行為が伝わっているのか分からないという問題に直面しました。
 水槽で飼っているカニが死にかけた時、元の場所に戻してあげると生き返ったと思う子どももいました。命は再び帰らないことを教える必要がありした。丁度小学校3年生は、命の大切さを教えても吸収できる年齢です。飼育する過程で何度も壁に突き当たって学んでいます。責任感、他人を思いやる気持ちなどが子ども達に芽生えてきました。

 犬を飼うには、理解力、表現力、洞察力が必要です。犬の行動予測と、犬が思っていることを予測できないと飼うことは出来ません。現代人は子どもだけではなく、大人も全体的に洞察力と創造力が低下しています。これは映像文化による弊害です。映像文化の中では、絵で見る情報が多いため言葉を失った文化ともいえます。

 同世代の中だけで通じる会話はありますが、違う世代に訴えるのが苦手になってきています。
自分達の文化や技術の中には、世代を超えて伝えなくてはならないものがあります。
 自分の経験を伝えられないと、次の世代の進歩は停滞します。人は他人の経験を基にすることで、その高い位置からスタートすることが出来ます。

 ナイスを飼うことで、何を欲しているのか子ども達が分かるようになっています。声ない者からの言葉を聞くことが出来てきました。人としての表現力は身についています。動物と関わることで、人として大切なものを早く身につけることが可能となります。

コラム トップページに戻る

前のコラムへ   /  次のコラムへ