同級生とのバーベキュー
春季例大祭
和歌山縣護国神社で執り行われた春季例大祭に出席しました。毎年、出席させていただき英霊の御霊に感謝の氣持ちを捧げていますが、今年も平和を築いてくれた御霊に感謝の氣持ちを伝えました。
林宮司さんに「氣持ちの良い式典でした」と伝えると、「今年は全てがスムーズにいきました。最初の言葉がスムーズに出てくると式典は快く進みます。今日の天候と同じように心が晴れ渡った式典になりました」と話してくれました。
宮司さんからは天皇陛下から賜ってお言葉も紹介していただき「私一人でお言葉をとどめておくともったいないので、皆さんにも陛下のお言葉を聴いてもらいたいと思いました」と伝えてくれました。
今日に至るわが国の平和の礎を築いてくれた英霊の御霊に心から感謝しています。今日の出会いもつないでくれたご縁も、平和の社会があってこそのことです。感謝の氣持ちを持ち続けることが次の世代に平和をつなげる源になります。毎年執り行われる式典に出席することの意味はそこにあると思います。
同級生とのバーベキュー
中学校時代の同級生たちと波早ビーチでバーベキューを行いました。約30人が集まったので、まるで中学校に戻ったような時間を過ごすことができました。卒業したのは今からもう50年も前のことですが、不思議と同級生と過ごした時間の中身を覚えています。あの頃は自分が何者になるのかさえ分からない時代でしたが、私たちはそれなりに長い人生を生きてきました。私たちはたくさん出来事に囲まれて今を生きています。これまでつないだご縁と経験こそ、生きるうえでの糧になっていることが分かる年齢になっています。
心から嬉しいことは、同級生全員が「片桐君、応援しているから頑張って。手伝いに行くからよ」だとか「いよいよ時が来たね。私たちの仲間が挑戦することは嬉しいことです。絶対に勝たなければならないから何でも言って下さい」などの言葉をかけてくれました。何と嬉しいことなのでしょうか。50年前につないだご縁が今につながっていることを感じ、言葉で表現できない感情が出てきました。あの頃、一緒に過ごした時間が熟成され昭和から平成の時代を生きていた私たちが持っている力になっているように感じます。
この力とは形のないものですが、確かに私たちの心の中にあると感じられます。見えないけれど存在している。力がないように感じるけれど力は宿っている。懐かしくて現在につながっている同級生との絆はそんな感覚です。
そして「僕は知り合いに2年ぐらい前から『片桐君は次の機会に挑戦するよ』と聞いていました。それが今なのですね」と話してくれました。また「ようやく来ましたね。いつか立ち上がってくれると期待していました」。そして「片桐君がインスタをフォローしてくれるお陰で、僕のインスタのフォロアーが増えています。僕のインスタを見てくれていることは本当に嬉しいことです」などの言葉もかけてくれました。
そこには損得も計算も思うことはなく、ありのままの自然な行為なのです。お互いに自然に接していられることは幸せなことだと思います。
一人の同級生がこう言いました。「自分を賢く見せようだとか、偉く見せようだとかしているとしんどくなります。私は数年前に氣づきました。そのままで生きていることが楽だなぁと。だから私はあほなので、あほのままで生きられたら楽だなぁと思っています。今は誰に対しても私はあほだからと笑顔で接しています」。
肩の力が消えて、楽な生き方に変化していることが分かる笑顔でした。自分があほだと思える人は実際にあほではないです。多くの同級生は本年度で65歳になりますから、第一線をリタイアする年齢に差し掛かっています。何を残してきたのか。何を伝えるのかを考える年齢になりました。
無邪気に遊んでいたあの頃中学生だった私たちが、後輩の育成を担当する年齢になっています。社会に恩返しをする時がやってきました。「さあ、もうひと頑張りしますか」。元気な笑顔の花が満開です。


