昨日、官公庁などの仕事始めだったため、本日、お世話になっている事業所に新年の挨拶に伺いました。各職場とも、仕事時間内にも関わらず、丁寧に受け入れてくれたことに深く感謝しています。全ての皆さんに感謝していますが、特に印象に残った出来事を三つ記します。
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某事業所で社屋の清掃を担当しているおばさんに会いました。とても久しぶりだったのですが、覚えてくれていて「片桐さん、新年おめでとうございます。片桐さんは全く変わっていませんね。私たちはずっと応援していますから」と声を掛けてくれました。私も「新年おめでとうございます。皆さんが元気で仕事をしてくれていることや、皆さんも全く変わっていないので僕も嬉しいです。何かありましたら連絡してくださいね」と挨拶をしました。
何年経っても覚えてくれていて、挨拶と言葉を交わせることは本当に嬉しいことです。清掃の仕事を担当している皆さんとは、実は今も忘れられないエピソードがあります。
今からもう5年ほど前のことになります、冬のその日はとても寒い日でしたが、早朝からやるべきことがあり、午前6時40分ぐらいに事業所に着きました。そこで職員さんと合流して事業所に入ろうと玄関のところまで歩いていきました。そうすると玄関前で清掃のおばさん達が3人立っているのです。
私は「おはようございます。今朝は寒いですね。皆さんも仕事ですよね。僕はこれから社屋に入りますから一緒に入りましょう」と挨拶をしたところ「私たちの仕事は清掃なので午前7時にならないと入ってはいけないと言われているのです。社員さんが多くは午前8時前後に出勤されるので、私たちは毎朝、7時から8時の間に職場の清掃をしています」と答えてくれたのです。私は「でも寒いですし、早くに出勤しているのだから入りましょう」と話をしたのですが「私たちは午前7時にならないと入れないのです。今、事業所に入ったら怒られます。私たちは大丈夫なので先に入って下さい」と言うのです。
冬の午前7時前はとても寒いのですが、玄関の前で立って待っている姿を見て「これは絶対におかしい」と思いました。私は「でも寒い中、入れないのはおかしいから、管理者に言っておきますよ」と伝えたところ「お氣持ちは有難いですが言わないでください。私たちは慣れていますし、早く入れてくださいと言ったら怒られますから」と何度も固辞するのです。私が言うことで皆さんに迷惑をかけることはできないので黙っておきましたが、清掃の仕事時間が限られているので、午前7時にスタートするために早い時間に来て待っているのですから、到着次第、仕事に着手しても良いと思います。
何とも納得できなかったのですが、寒い朝に玄関前で立っている姿は忘れられないものでした。今は改善されているのか分かりませんが、見えないところで私たちの仕事を、出勤した時に快適でやり易いように働いてくれている皆さんに感謝すべきだと思います。
そんな思いが蘇り「仕事の環境が改善されていると良いのですが」と思いながら、今も変わらず元気にしている姿を見て嬉しくなりました。 -
毎年恒例になっている岡の宮神社に新年の参拝をしました。この神社紀州徳川家が代々お参りした神社で、特に徳川吉宗公が将軍になったことから出世の神様と言われています。
岡の宮神社については、同神社のホームページから一部引用して紹介します。
徳川吉宗公(有徳公)は貞享元年(1684年)10月24日、紀州藩2代藩主徳川光貞の第4男として、和歌山に生まれた。しかし誕生と同時に、和歌山城南西隅にある扇の芝(和歌山城 追廻門付近)に捨てられた。そのさい吉宗公の産土神である刺田比古神社の神主岡本周防守長諄が拾い親となった。
吉宗公は、5歳まで加納家で養育され、のち和歌山城に上るが、部屋住みの庶子(後継以外の子)として扱われていた。しかし宝永2年(1703年)に情況は一変する。5月、3代藩主綱教公(光貞長男)が病死する。翌月、3男頼職公(2男次郎吉は夭折)が4代藩主となるが、9月には頼職も死去する。そうして本来なら家督を継ぐことのない4男の吉宗が、5代藩主となったのである。吉宗公は藩主就任を産土神の御神徳と感謝され、神田を寄附されている。吉宗公は優れた政治力を発揮され、よき藩主となられたが、開運はそれだけにとどまらなかった。
正徳6年(1716年)4月、7代将軍家継公が後継ぎのないまま夭逝され、御三家の中から吉宗公が将軍職に就くこととなったのである。
と徳川吉宗公について記されています。
宮司さんからこの話と共に境内にある「神馬像」の話も聴かせてもらいました。この「神馬像」は徳川吉宗公が奉納した馬を元に作られたものだそうです。境内に入ってすぐのところに設置されている白くてかわいい馬の像です。
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技術系の会社を訪問して懇談した内容です。「技術系の人の採用が難しくなっています。和歌山市内では技術系の人材がいないのです。工業高校にリクルートに行っても卒業生は応募してくれませんし、毎年採用は50人程度なのですが、近年は定員に満たない年が続いています。そのため中途採用をして人を集めていますが、このままでは外国人に頼らざるを得ない日も近いのかなと思っています。
いずれは工場内の管理や作業仕事や事務職であればAIロボットに代替できますが、お客さんの会社を訪問して設備点検する仕事は、技術と共にコミュニケーション能力が必要なので、AIロボットで対応できないと思っています。私の会社は時代が進んでも、やはり人がする仕事だと思っています。そのため人材確保は必須ですから、何とかならないかを検討しています。
とにかく技術系の人材が不足しているのが現状なので、県として若い技術系の人材確保のための取り組みを考えて欲しいと思います」と意見を頂戴しました。


