建設委員会二日目は「熊本地震震災ミュージアム」の施設見学を行いました。平成28年に発生した熊本地震の影響で東海大学阿蘇キャンパスは廃止となり、その後、熊本県が震災遺構として買取リ「熊本地震震災ミュージアム」として公開しているものです。ここでは当時の地震断層を保存しており、亀裂地面や地面の横ずれを見ることができます。活断層がこれだけ大きくずれたことにより、大きな被害を受けたことが分かるものです。
また東海大学阿蘇キャンパス内の建物ですが、耐震補強している棟は比較的は現状のままのように見えますが、構造上耐震補強ができなかった棟は相当被害を受けています。建物を耐震基準に基づいて耐震補強をしておくと、巨大地震にも耐えられることを如実に示しています。
熊本地震発生時、南阿蘇村では土石流が起き、その下にあった家屋が埋まり、また流されていますが、その時に被害を受けた車も展示されており、見る影もないほどぐちゃぐちゃに壊れています。同じ展示場所には被災した時刻で止まっている時計や、折り曲がった阿蘇大橋の道路標識も展示されており、改めて巨大地震の怖さを感じさせてくれました。
私たちを案内してくれた職員さんは、当時被災体験をしていることから、日ごろからの備えの大切さを語ってくれました。備えておくべき物資は、水、簡易トイレ、スリッパ、そして軍手だそうです。案内してくれた方は自宅から避難所に避難をしたのですが、ペットの猫がいたため避難所に入ることができず、何日も車で過ごしたそうです。1日、2日でも車で生活することは大変ですが、2ヶ月も3ヶ月も車で生活をすることの大変さは「想像を超えている」と伝えてくれました。
そして避難した初期の段階で必要なものは、飲料水と簡易トイレだと改めて訴えてくれました。「食べ物は何とかなりますが、水は絶対に必要なので自宅に備えておいてください。命を守るために水は絶対に必要です。そして簡易トイレも絶対に備えておいてください。水を飲まなくても食べ物を食べなくてもトイレは必要です。しかし避難所のトイレは少ないことや衛生上の観点からも簡易トイレは持っておくべきです。他人事ではなくて自分事として考えてください」と繰り返し、その必要性を伝えてくれました。
さて「熊本地震震災ミュージアム」のシンボルネームは「KIOKU」で、これは熊本地震の体験を記憶した人がそれを忘れることなく、未来に語り継げるようにという思いが込められたものだそうです。熊本地震での被災体験を語り継ぎ、それを全国の方に伝えて経験を受け取ってもらう。案内者の言葉からそんな使命を感じました。
そして旧東海大学阿蘇キャンパス内には漫画「ワンピース」のキャラクターである「ロビン」像が飾られていました。ワンピースの作者、尾田栄一郎さんは熊本県の出身で、熊本地震の被害を受けた熊本県を励ますために「ワンピース」のキャラクターの像を熊本県庁やこの「熊本地震震災ミュージアム」に設置したそうです。尾田さんは熊本県の東海大学に在籍したことがあり、ここに故郷を思う気持ちが込められていることを伝えてくれました。
続いて阿蘇立野ダムの見学を行いました。このダムは流水型ダムで、治水と防災機能を持ち合わせています。阿蘇の地形を見るとよく分かったのですが、阿蘇山のカルデラの中に南阿蘇村があります。ここから熊本市に向かって川が流れているため、下流域の洪水被害を防ぐために日本最大級の流水型ダム、いわゆる洪水調整専用ダムが建設されたのです。
ダムの高さは87メートル、堰堤は197メートルもある巨大なもので、形式は曲線重力式コンクリートダムと呼ばれる構造になっています。この形式は、コンクリートの重さで水の圧力に耐えるダムのことです。
ダムのある白川流域は降水量が多く、地形的特性から洪水が発生しやすいため、度々白川が氾濫し浸水被害が発生しているため、治水対策として建設されたものです。
翌日、熊本市内の白川の緑の区間を見学したのですが、このダムの治水対策のお陰で熊本市の安全が保たれていることがよく分かりました。まちの機能はインフラが支えていることを示す一つの事例です。
熊本地震発生時に熊本市などにボランティアで入りましたが、視察をしたことでその時の記憶が蘇ってきました。熊本地震は平成28年に発生したものなので、あれから随分と年月が経っていますが、今回の視察で同じ被害を繰り返さないためのインフラ整備と、記憶の継承がなされていることが分かりました。
防災対策は年々進化して他の都市にも対策の水平展開ができるような形になっています。和歌山県では南海トラフ巨大地震の被害に備えていますが、国や県として熊本地震の教訓を受け継ぎ、来るべき対策が講じられていることを感じました。



